勇払駅のプラットホーム。
近くには1962年に建てられた、年期物の駅舎があります。
勇払の語源はアイヌ語の「イ・プツ」 (それの・入口)を意味する言葉。
それとはどれの事か?長年謎とされていましたが、
シコツ(現在の千歳)を指すとする説が有力。
鎌倉時代末から室町初期の丸木舟が、旧勇払川右岸より発見されるなど
土地の歴史は古く、江戸時代~明治初期は
アイヌ民族との交易、生産物の積み出し、集荷を行う要衝でした。
明治6年(1873年) 行政の中心が苫細村(苫小牧)に移った事など
市内中心部とのアクセスが悪化した事もあり、現在は小さな町ですが、
大企業の工場が複数ある、重要な生産拠点でもあります。
苫小牧の近代史を語る上で、まず登場するのが
「八王子千人同心」
1800年、蝦夷地の警備、開拓の為、蝦夷地に移住した100名。
しかし、慣れない気候風土の為、犠牲者も多く出て
数年後、惜しくも解散となりました。
勇払ふるさと公園内には「蝦夷地開拓移住隊士の墓」もあり
苫小牧市指定文化財に指定され、手厚く保護管理されています。
余談ですが、その後の
1870年(明治3年)~1872年
高知藩70余名が、勇払、千歳に派遣され分領支配と開拓が行われています。
1857年、1863年、高知藩による北海道視察、
勇払、千歳を中心とした蝦夷地開拓計画が存在し
その情報は坂本龍馬にも伝えられたそうで、
龍馬の意思と勇払の開拓を繋ぐ、壮大なロマンを研究している人たちも存在するらしい。
北海道指定文化財史跡
「開拓使三角測量勇払基点」
明治初期の北海道測量、その最初の基点。
勇武津資料館
幕末の勇武津会所を模した建物で
苫小牧市制50周年、八王子千人同心移住200年を記念して
2001年(平成13年)開館。
内部には、勇武津会所、八王子千人同心、開拓使三角測量、
弁天貝塚、アイヌ民具や北前船関係の資料が展示されています。
入場は無料ですが、
事前に十分な予習をしていないと、難易度は高い。
ある意味、道内で最も有名な勇払の史跡は
案外ここなのかもしれない・・・。
まだ存在しています。健在です。
詳細は後日。
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