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山線貴賓車内部

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冬は、街の灯彩 と呼ばれる光のイルミネーションでおなじみの
王子アカシア公園

1908年~1951年の間、王子製紙が千歳発電所建設の為、
苫小牧工場と支笏湖を走らせていた、王子製紙軽便鉄道
通称 「山線」

その後東京の紙の博物館に展示されていましたが、
1996年、苫小牧に里帰り。
その後毎年 「山線まつり」 と題した
山線への理解を深めるための祭りが行われています。
(今年は9月11~12日)

ただ、これと言った告知もしていないので、
知っている人、参加者の少ないややマイナーなまつりながら
通常公開される事のない、ゲート内や貴賓車の内部に入れる貴重な日でもあります。

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4号機関車

支笏湖が景勝地として宣伝されるに伴い、便乗を願う遊覧者も増えたので
後に一般客の乗車も許可されましたが、
「この車両は資材運搬を目的としている為、万が一の際は命の保証はしない」
と言う様な内容が切符に明記されていたと言う話は有名。

まあ、それに関しては当時の人はあまり気にしていた様子も無いです。
何はさておき、最新鋭の移動手段だったのでしょう。

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貴賓車

大正11年、視察に訪れた当時皇太子だった昭和天皇の為に
客車を改造したもの。

全長7.11メートル

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貴賓車内部へ

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外から見ると分かりませんが、
内部は2部屋。

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年代物なので、ちょっとぼろぼろですが
床は模様付きの絨毯。
座席はビロードを敷いた豪華なもの。

その後も貴賓車として特別に扱われ、現存しています。


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by gajousan | 2009-09-15 10:30 | 苫小牧 | Comments(8)
Commented by れいこ at 2009-09-15 20:42 x
アカシア公園内にあるこの汽車が、「山線」と聞いてはいましたが、
遠目に見るだけで、近くに寄ったこともありませんでした。
貴賓車の内部にびっくりです~!
見せていただいて有り難うございます。
ここの道路を通るときには、気に掛けなくっちゃ~~~
Commented by キタキツネ at 2009-09-15 20:45 x
車内にはいれるんですね~いたずら書きとかはなさそうで良かったです。私の住む錦岡方面は、昨年からスプレーでイタズラ書きをするバカ野郎が出没していて困ったもんです。
Commented by ブルースカイ at 2009-09-16 00:49 x
こんばんわ(^^)
前も言いましたが、山線と言うと函館線を思い出してしまう(^^;

貴賓車と言う感じの装飾ですよね。
特等とか1等とか、フェリーのような感じで、座席が分かれてたんですよね。昔の汽車は…。
でもここは特等以上の席ですもんね~。
長いすになってるのが当時はステータスだったんだろうかとか、色々想像しちゃいます。
Commented by まかない@ at 2009-09-16 08:43 x
大事に保存されているんですね。
中の様子をはじめて見ました。
当時の苫小牧セレブ専用車両だったんでしょうか。
絨毯敷き、というところは特に日本の雰囲気ではありませんねぇ。
Commented by gajousan at 2009-09-16 20:42
れいこさん
苫小牧の発展とともに歩み、交通、電化事業、産業などに大きく貢献した山線。
山線その物もさる事ながら
当時の時代背景なんかも垣間見る事が出来
大変興味深いです。
Commented by gajousan at 2009-09-16 20:47
キタキツネさん
周囲の人が大事にしている
貴重な産業遺産なので、そのような事が無いよう祈るのみです。
Commented by gajousan at 2009-09-16 20:57
ブルースカイさん
通常の客車を改造したものなので
通路を挟んで向かい合う形式は変えようがなかったのかも。
ごく稀に事故も起きていた車両に
そもそも高貴な方を乗せて良かったものなのかどうか
少々考えてしまいます。
Commented by gajousan at 2009-09-16 21:00
まかない@さん
山線廃止後は4号機関車同様、貴賓車も
東京の紙の博物館に保存されていたそうです。
貴賓車はたぶんその後も
高貴な方を乗せる車両として使用されていたのでしょう。
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